恋人、好きな人、というのは不思議なもんで
色んなものを共有して
誰よりも近くに居る人間の筈なのに
別れちゃったら突然、
赤の他人になる(ことが多い)
わたしの場合だいたいは
次の恋愛が始まったりすると
少しずつ疎遠になり
別れても親友だ、また会おうね!
とか言ってたくせに
そのうち想い出や思い入れは
新しい恋愛で書き換えられてゆき
最後は連絡を取らない他人同士になる
だけど、燃えるような恋が終わっても
ずっと側に居られたら良かったのになぁ
と思う人に
人生で二回、出会ったことがある
恋やら愛やら友達やら
男と女の関係には色んな名前が付くけど
その二人については そのどれも腑に落ちなくて
今でもずっと、
その呼び名を探している
*
苔で深緑に染められた古びた洋館の前に
大きな坂道があって
道は右と左に伸びていた
時刻は午後17時半、太陽が沈む直前
とても空気は澄んでいる
道の左手側は少し薄暗く
右手側は駅に続いているのか
少し明るく人通りも多かった
わたしは人を探していた
日没まで、あまり時間が無かった
“今の彼ならどっちの道を歩くかな”
なんとなく左手の暗い道を進んでいて欲しくなかったのと、わたし自身暗がりが苦手で
明るい道を進みたいなと思っていたので 右手の道を選択した
“右の道で会えなかったら
きっと、そういうことだ”
息を切らしながら人をかき分けて走り
坂道を下った
坂道の途中で彼を見つけた
ルーズに伸びたトレードマークの襟足は
綺麗に切り落とされ、
白い首筋がくっきりと見えている
もう10年近く、ちゃんと話していないけれど
短い髪は出会った頃のようで新鮮だった
———そうか、これはあの頃の彼だ
見慣れないスーツを着ていた
革靴が砂まみれになるのもお構い無しに
急な斜面をズンズン進む
ネクタイを緩めてジャケットを肩に引っ掛けて
気怠げに歩いている
珍しく、少しイライラしているようだった
「待って!」
わたしは小走りに駆け寄って肩を叩いた
振り返った彼は
びっくりしながら、観念したような顔で
久しぶり、とこちらに挨拶をした
それまでのイライラしていた彼とは
打って変わって
ゆっくりとしたリズムで
わたしに歩幅を合わせて歩きながら
見つかっちゃったか、と穏やかに笑った
あぁ、笑うと目の端がクシャッとなる、
わたしの大好きだった笑顔だ
歩きながら、離れていた間のことをたくさん話した
楽しかったことも辛かったことも
なんとなく共通の友人から
お互いの様子は聞いていたけれど
面と向かって話すと
離れていた10年の時間や距離は
一瞬で魔法のように埋まっていく気がした
身体の距離より心の距離だな、と思った
辛いことがあったんだよ、という話の途中
突然、彼が首を下げ泣き出したので
人に見られないように精一杯の力で抱き締めた
振り払われないかと恐る恐るで右手を繋いだ
返事の代わりに、彼の左手にキュッと力が入った
体温が伝わってきた、良かった、生きている
泣いている彼の頭を抱え撫でながら、
こんなに愛おしいし、こんなにも大切なのに
もう恋じゃないんだなぁ、不思議だなぁと思った
坂道を抜けた河のほとりに
高台になっているカフェがあったので
二人でそこに腰掛けて温かい飲み物を注文した
手を離すと何処かに行ってしまいそうで
不安で、あぁ、不格好だなぁと思いながら
椅子に座っても右手を繋いだままでいた
勇気を出して、彼に質問をした
「心配だな、元気にしてるかなぁ」
彼は一瞬考えて 微笑み、
「寝起きの、なかなか頭が働かない時間に連絡してみたら?
ほら、寝起き悪いでしょ、しっかり頭が動き出すと
返すかどうか冷静に考えちゃうから、
起きてくる12時とか13時ぐらいを狙えばいいんじゃない?」
と丁寧に答えてくれた
「現実世界ではどうかなぁ…
ねぇ、返事、返してくれる?」
わたしがそう聞くと、
彼は笑顔とも悲しみとも取れる顔で
微かに頷くだけだった
次に質問をしようと
口を開きかけたところで
スッと目が覚めた
両目からは大粒の涙が溢れていた
*
もう少しだけ話したかったな
あの時の喧嘩のこと、謝りたかったな
きっとこの気持ちは
死ぬまで抱えてなきゃいけないんだろう
だけど、
互いに明るい道を進んでさえいれば
いつかまた何処かですれ違うんじゃないか
これが運命というやつなら
現世で無理なら、
また来世で!ぐらいの気持ちで
たくさんの未練や後悔を連れて
人生は続くよ、その日まで
終わり。